松本伊代 ―1965年生まれ
「伊代はまだ16だから〜」のフレーズでお馴染みのヒット曲「センチメンタル・ジャーニー」。あれからもう40年ほど経ったという事に驚きを隠せません。松本伊代は今現在もママタレントとして活躍中で、夫のヒロミとおしどり夫婦であることでも知られています。最近は化粧品「ナチュラルガーデン」の新作発表会に登場し若々しい姿を見せています。
堀ちえみ ―1967年生まれ
元アイドルで7人の子供を持つビッグマミィの堀ちえみ。2019年にステージ4の舌癌と診断され、舌の6割を切除する大手術を受けました。術後は食べることも喋ることもできない状態になり大変な苦労を強いられましたが、家族の支えもあって「スチュワーデス物語」の根性で癌を乗り越えて芸能界復帰をしています。2020年の24時間テレビで術後初めて歌声を披露し涙した姿は人々の心を震わせました。
早見優 ―1966年生まれ
「花の82年組」で才色兼備なアイドルと知られる早見優。幼少期を英語圏で過ごし、大学は上智大学外国語学部に進学しています。1992年には地球サミットに参加し、その後国際交流活動にも携わるなど、ママタレントとの域を超えた幅広い分野で活躍しています。アラフィフの彼女ですが、全盛期と変わらない美しさで今もファンを魅了しています。
石川秀美 ―1966年生まれ
石川秀美と紹介してもピンとこない世代が増えたのではないでしょうか。彼女は1982年にアイドル歌手デビューをしコンサートやドラマで活躍しました。24歳の時に当時シブがき隊で人気だった薬丸裕英と授かり婚をし、活動休止に。そのまま事実上芸能界引退をしており今へメディアに姿を見せることはありません。今は5人の子供を持つビッグマミィです!
原田知世 ―1967年生まれ
1982年に出演した映画「時をかける少女」で複数の映画賞新人賞を受賞し、有名になった原田知世。当時彼女はまだ中学3年生でした。その後楽曲リリースもしていますが、近年は女優としての活動が主となっており、連続テレビ小説「おひさま」や「半分、青い」、ドラマ「あなたの番です」などに出演していました。プライベートでは2013年にイラストレーターのエドワツキと離婚しています。
渡辺典子 ―1965年生まれ
80年代に薬師丸ひろ子・原田知世と並んで「角川三人娘」と呼ばれた渡辺典子。彼女の代表作といえば「積み木くずし」ですね。1995年にプロ野球選手の西田洋と結婚をし、1女を授かりましたが3年後に離婚しています。その後メディアで見かける回数は少ないですが、時折バラエティ番組などに出演し、今も変わらない愛らしい姿を見せてくれています。
工藤夕貴 ―1971年生まれ
1983年にデビューして今やハリウッド女優まで上り詰めた工藤夕貴。「ヒマラヤ杉に降る雪」「SAYURI」「リミッツ・オブ・コントロール」などの海外映画への出演で有名ですが、日本のドラマにも時折姿を見せています。近年ハリウッドから帰国し、俳優業の傍ら静岡県で農家としても生活しているとの噂。父親が癌で亡くなって以後オーガニックの食事に興味を持ったそうです。
浅香唯 ―1969年生まれ
80年代のアイドル四天王に名を連ねた浅香唯。1986年のドラマ「スケバン刑事III少女忍法帖伝奇」で主役を演じ一躍有名になりました。2020年にライザップで減量に成功し、そのCMでアラフィフとは思えない体型を披露。近年はバラエティ番組を中心に活動していますが、時折ラジオやドラマに出演しています。また音楽活動も続けてはおり、毎年2公演ではありますがライブも開催中です。
杉浦幸 ―1969年生まれ
1985年のドラマ「ヤヌスの鏡」にて昼夜で人格が変わるヒロインの少女を演じ大ブレイクをした杉浦幸。続けて出演したドラマ「このこ誰の子?」も相手役の俳優が当時大人気だった男闘呼組の岡本健一出会ったことで話題となりました。近年はファッション通販サイト「mauMina〜マウミーナ〜」をオープンしたそうで、ワンちゃんグッズなどを販売しています。
後藤久美子 ―1974年生まれ
12歳で大河ドラマ「独眼竜政宗」に出演し、その美貌で一躍話題の女優となった後藤久美子。21歳の時にジャン・アレジと事実婚をし渡仏。子育てもあり芸能界からは引退かと思われましたが、2019年に「男はつらいよ お帰り 寅さん」で女優復帰を果たし、公に姿を現しました。全盛期と変わらないその美しさに言葉を失った人も多いはず。今後の活躍にも期待です!
伊藤麻衣子 ―1964年生まれ
80年代に活躍した元アイドルの伊藤麻衣子(現・いとうまい子)。44歳の時に早稲田大学に入学して予防医学とロボット工学を学んだ異色のキャリアの持ち主です。博士課程まで在籍し、国際ロボット展示会にも出店するレベルになっています。今現在も抗老化・アンチエイジングに関わる研究をしているそう。一体彼女の目指しているのだろうか?!
荻野目洋子 ―1968年生まれ
彼女のヒット曲「ダンシング・ヒーロー」が大阪府立登美丘高等学校のダンス部によって再ブレイクしたのは、2017年のこと。荻野目洋子を今まで知らなかった若い世代にもその名前が知れ渡る事になりました。プライベートでは3人の母となり、近年は音楽番組等に時折出演する他、2020年のNHKみんなのうたでも歌声を披露しています。
岡田有希子 ―1967年生まれ
1984年に歌手デビューし「ポスト松田聖子」と人々の一心の期待を負っていた岡田有希子。デビュー翌年にはドラマ「禁じられたマリコ」で主人公を演じ、スター凱堂まっしぐらかと思われたのですが、1986年に事務所屋上から投身自殺をし18歳という若さでこの世をさりました。遺書などは残されておらず自殺の原因は分かっていません。人気絶頂期のアイドルの自殺は当時社会問題にまで発展しました。
藍田美豊 ―1969年生まれ
1984年にシングル「FOREVER〜ギンガムチェックstory〜」でデビューをした少女隊。ミホこと藍田美豊はその中でも一際大人っぽい雰囲気のあるメンバーでした。1989年にグループは解散。彼女はそのまま芸能界を引退し、一般男性と結婚。3人の母となっています。現在は移動式の古着店のオーナーだそうで、町市イベントやカフェなどに出店中だそう。詳細は彼女のインスタグラムを見てみてくださいね!
市川三恵子 ―1969年生まれ
1984年に少女隊のメンバーとしてデビューをした市川三恵子。ほんの翌年、椎間板ヘルニアの治療のため少女隊を脱退・芸能界を引退してしまいました。その後22歳の時に年上の理容師と結婚。今現在は東京の国立市にて理容店「カットスペース701」を営んでいるそうです。今でも彼女のファンが来店することがあるそう!皆さんも会いに行ってはいかがでしょうか?
引田智子 ―1972年生まれ
アイドルグループ少女隊を脱退せざるをえなくなったチーコ(市川三恵子)の代わりに加入したのがトモこと引田智子。当時まだ12歳!最年少メンバーとなりました。父親がマジシャン引田天功であったこともあり注目の的となりました。グループ解散後はTOMOという芸名になり、主に声優などで活躍し、今現在は化粧品販売会社の取締役をされているのだとか。
斉藤由貴 ―1966年生まれ
80年代に清純派アイドルとして活躍した斉藤由貴。プライベートではいろいろありましたが、現在も女優としてのお仕事に忙しくしており、近年で言うとドラマ「スキャンダル専門弁護士 QUEEN」や映画「フォルトゥナの瞳」「記憶にございません!」が印象的でした。舞台でも活躍する女優の一人ですが、2020年の「ローマの休日」では初めて作詞を手掛けています。
大西結花 ―1968年生まれ
1986年のドラマ「スケバン刑事III 少女忍法帖伝奇」で主人公の姉を演じて大ブレイクを果たした大西結花。同ドラマ内の登場人物で結成したユニット「風間三姉妹」でリリースした楽曲もオリコン1位という人気ぶりでした。この浅香唯・中村由真とのユニットで2019年にもコンサートを行なっており、3人は定期的に集まっているそうです。
芳本美代子 ―1969年生まれ
80年代にアイドル歌手としてデビューしましたが、後に女優として花開いた芳本美代子。今もドラマや映画で活躍しており映画「コンフィデンスマンJP -ロマンス編-」やドラマ「地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子」などに出演。プライベートでは俳優の金山一彦(現・大渕愛子弁護士の夫)と2013年に離婚し、2016年に一般男性と再婚をしています。
本田美奈子 ―1967年生まれ
1985年に「殺意のバカンス」でアイドル歌手デビューをした本田美奈子。新人とは思えないその歌唱力で一躍有名になり、その歌声は「魂の歌声」と称されました。またミュージカルでも活躍し「アメイジング・グレイス」は彼女の代名詞となっています。38歳という若さで白血病で亡くなった彼女は、最後まで、再び舞台に立つことを諦めずに病室で歌っていたそうです。
佐野量子 ―1968年生まれ
この名前だけを見てもピンとこない世代が多いかもしれません。彼女は80年代に活躍したアイドルの一人で、歌手としてだけでなくドラマやバラエティ番組と幅広く活躍しました。1995年JRA武豊騎手と結婚しメディアには姿を表さなくなりましたが、今もおしどり夫婦として武騎手を支えています。子供はいませんが、趣味でフィギュアスケートを始めるなど楽しい主婦生活を送っているようです。
岩井由紀子 ―1968年生まれ
おニャン子クラブに所属し「ゆうゆ」という愛称で親しまれた岩井由紀子。ボーカル担当であることが多かったため代表メンバーとして活動しました。また高井麻巳子と一緒に「うしろゆびさされ組」としても活躍しています。1997年に青年実業家と結婚し芸能界からは引退しており、その後2人の母となりました。時折交友関係のある芸能人ブログなどに登場しますが、さすが元アイドル!今も若々しいです。
高井麻巳子 ―1966年生まれ
おニャン子クラブメンバーで「うしろゆびさされ組」としても活動した高井麻巳子。デビューから3年後におニャン子ブームの火付け役だったプロデューサー秋元康と結婚し、芸能界からは引退しています。アイドルにプロデューサーが手を出したのかと思いきや、実はゾッコンだったのは彼女の方だったとの噂。
吉沢秋絵 ―1968年生まれ
おニャン子クラブに所属し、ドラマ「スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説」で女優デビューをした吉沢秋絵。デビュー曲「なぜ?の嵐」がこのドラマの主題歌となっています。バラエティ番組などでも活躍した後芸能界からは引退。その5年後に一般男性と結婚し、母となっています。旦那さんのお仕事の関係か長らく海外にいたそうですが、今は日本にいるとのこと。またどこかで元気な姿を見せて欲しいですよね!
新田恵利 ―1968年生まれ
80年代に一世を風靡したおニャン子クラブの主要メンバーだった新田恵利。その後も芸能活動は続けていますが、寝たきりの実母の介護をしていらっしゃるらしく、あまりメディアには登場せず、全国の介護福祉イベントに参加したりしていらっしゃいます。また彼女のYouTubeチャンネルでは趣味のDIYやインテリアに関しての動画を配信中です。
国生さゆり ―1966年生まれ
おニャン子クラブのメンバーの中でも、比較的今もメディアによく姿を現している国生さゆり。グループ解散後は女優・タレントとして活動しており「ロンドンハーツ」や「ウッチャンナンチャンのウリナリ!!」などに出演しました。近年では「法医学教室の事件ファイル47」や「スキャンダル専門弁護士 QUEEN」で見かけましたね!プライベートでは2013年にバツ2となってしまいました。
立見里歌 ―1965年生まれ
おニャン子クラブに所属し、ニャンギラスというユニットでも活動をしていた立見里歌。グループが解散してからも芸能活動を続けていますが、あまりメディアには登場せず、編集業や広告代理店業を並行して行っているそうです。近年オーガニック無添加コスメ「イポラニ」をプロデュースし、新たなキャリアをスタートしています。
樹原亜紀 ―1969年生まれ
おニャン子クラブの主要メンバーの一人だった樹原亜紀。ニャンギラスというユニットでも活動をしていました。グループ解散後はフリーライターとして映画レビューなどを書いていたそうですが、その後イギリスへ留学・バックパッカー生活をしたそう。今現在はオランダ人ニューメディアアーティストの方と結婚。2人の子供を持つ母親となり、オランダのロッテルダムで専業主婦をしているそうです。
名越美香 ―1966年生まれ
会員番号9番としておニャン子クラブで活動し、ユニット・ニャンギラスのメンバーとしても活躍した名越美香。グループ卒業後は舞台女優などでも活躍しましたが、程なくしてロンドンへ語学留学をしました。そこで香港人のパイロットの方と知り合い、結婚。今は香港在住で広東語・英語・日本語のトリリンガルとなっています。「SHEEP’S」というアカペラユニットでも活動中でYouTubeでその元気な姿を見ることが出来ます。
白石麻子 ―1969年生まれ
80年代を彩ったおニャン子クラブに所属し、ニャンギラスメンバーとしても活動をしていた白石麻子。卒業後あまりメディアに出ていませんでしたが、結婚し母となった今時折CMなどで見かけるようになりました。チャイルドボディセラピストやヨガの資格を取得し、今は多方面で活動をしています。4人の母となった経験から新しい道を切り開いたようです。
渡辺美奈代 ―1969年生まれ
元おニャン子クラブメンバーで今も芸能界で活動中の渡辺美奈代。結婚し2男の母となった現在は、バラエティ番組などで時折テレビ出演をしています。インスタグラムでは元気で若々しい姿を随時発信しており、その年齢を感じさせないそのルックスには驚くばかり。自身の美容に関する情報も載せているので是非チェックしてみてくださいね。
渡辺満里奈 ―1970年生まれ
おニャン子卒業メンバーであることを忘れそうになるほど、今現在も芸能界で活躍中の渡辺満里奈。夫・名倉潤とおしどり夫婦としても知られ、夫が鬱に悩んだ際もしっかりと支える側となり、更に良妻賢母のイメージが付きました。「ひるおび!」「直撃LIVE グッディ!」などの情報番組やバラエティ番組、教育番組など多岐に活動をしています。
生稲晃子 ―1968年生まれ
おニャン子クラブメンバーで、グループ解散後は女優としても活動をした生稲晃子。「キッズ・ウォー」や「暴れん坊将軍」シリーズに出演しました。2011年に乳がんが発覚しましたが、公表をせずに当時5歳の娘の子育てと仕事と闘病を両立していた強い母でもあります。その後5回の手術を経験し、今はガン経験者として発信をするようになりました。
斉藤満喜子 ―1970年生まれ
おニャン子クラブのメンバーで、工藤静香・生稲晃子と一緒に「うしろ髪ひかれ隊」というユニットでも活動をした斉藤満喜子。当時は彼女の太眉が印象的でマッキーという愛称で親しまれていました。グループ解散後はタレントとして「JanJanサタデー」や「なるほど!ザ・ワールド」に出演しましたがその後芸能界から引退。1998年にスジャータ社長夫人となっています。
工藤静香 ―1970年生まれ
おニャン子クラブの人気メンバーでソロ歌手としても活躍をした工藤静香。2000年に木村拓哉と結婚し、娘二人を授かりました。今やその娘Cocomi&Koki二人とも芸能界で活動をしています。現在はこの二人のサポート役に徹しているのか、メディアへの露出はあまりありませんが、娘たちのSNS(特にインスタグラム)などで時折目にすることが出来ます。
松本明子 ―1966年生まれ
80年代にアイドルとしてデビューし、後に元祖バラエティアイドルとしてキャリアを切り開いた松本明子。今も数多くのバラエティ番組に登場し、その明るくパワフルなトークでお茶の間を楽しませてくれています。1998年に俳優・原田龍二の弟でもある同じく俳優の本宮泰風と結婚し、2年後に男の子を出産しています。家庭でもかなり自由奔放だという彼女。明るい家庭を築いているに違いありません。
森口博子 ―1968年生まれ
元々歌手として芸能界デビューをした森口博子。あまりヒット曲に恵まれなかった中でアニメ「機動戦士ガンダムF91」の主題歌「ETERNAL WIND〜ほほえみは光る風の中〜」がオリコンランク上位に長居するヒットとなり、ガンダム歌手に。2019年にはガンダムシリーズの人気曲をカバーしたアルバム「GUNDAM SONG COVERS」をリリースしオリコン3位という功績を残しています。
井森美幸 ―1968年生まれ
アイドルの戦国時代だった1980年代にデビューをした井森美幸。歌手としては伸び悩みましたが、彼女しか出来ないグラドルの道を開拓しました。彼女が「ホリプロタレントスカウトキャラバン」で見せたダンスは語り継がれる伝説となっています。独身を貫く彼女ですが、今も若々しい姿を見るとまだわかりませんよね!これからの活躍にも期待です。
山瀬まみ ―1969年生まれ
キャラクター性のある声でお茶の間を賑わせてきたバラドルの山瀬まみ。元々アイドル歌手デビューをした彼女ですが、今や多岐に活躍するタレントとなりました。「笑っていいとも!」での共演がきっかけとなり1999年に俳優の中上雅巳と結婚しています。1997年からアシスタントを続けている「新婚さんいらっしゃい」はギネス記録を持つ長寿番組として知られていますね!
相原勇 ―1967年生まれ
1989年の番組「三宅裕司のいかすバンド天国」(通称「イカ天」)のMCとして一躍有名になったアイドルの相原勇。一時期曙関との熱愛で世間を賑わせましたが、その後別の男性と結婚&離婚。現在はハワイに住む一般男性と再婚をし、ハワイ在住となっています。現地ツアーガイドも行っている彼女。ハワイ旅行に行けば彼女に会えるかもしれません。
磯野貴理子 ―1964年生まれ
かつてお笑いアイドルグループ「チャイルズ」として活動をしていた磯野貴理子。今現在はタレントとしてバラエティ番組で活躍中です。2003年に当時マネージャーだった男性と結婚するも2009年に離婚。2012年には24歳年下のバーテンダーと再婚をし、世間を驚かせましたが、残念ながら2019年に2度目の離婚に至ってしまいました。彼女の3度目はあるのでしょうか?
久留龍子 ―1964年生まれ
80年代後半にチャイルズというコントアイドルグループで活動をしていた「リンちゃん」こと久留龍子。グループ解散後はほぼメディアへの出演はありませんが、お仕事でラジオDJなどをしたりしているそう。また実はライブなども行っており、歌はやめていないとの噂です。元々所属していた劇団七曜日のメンバーとも交流はあるそうで、また何かでテレビなどに出演しないかと期待をしてしまいます。
茂原裕子 ―1967年生まれ
ラサール石井がプロデュースしたお笑いアイドルグループ「チャイルズ」のメンバーで、バラエティ番組などで活躍した茂原裕子。ファミコンのソフトでドラクエならぬ「チャイルズクエスト」というものまで発売されたほどでした。彼女はグループ解散後、舞台などで活動をしましたが今現在は芸能界を引退しており、全くメディアに姿を表さなくなってしまいました。
島崎和歌子 ―1973年生まれ
島崎和歌子がアイドル歌手であったことを知らない若い世代も多いのではないでしょうか。1989年には子供向けの特撮「魔法少女ちゅうかないぱねま!」のヒロインを演じ幼年層の人気者になりました。現在はタレントとして「オールスター感謝祭」「人生最高レストラン」「ホンマでっか!?TV」など数多くのバラエティ番組で活躍しています。
宮崎美子 ―1958年生まれ
1980年にドラマで女優デビューをし、今現在も女優・タレントとしてマルチに活躍する宮崎美子。近年は「いだてん〜東京オリムピック噺〜」「病室で念仏を唱えないでください」などのドラマに出演しています。高学歴女優でクイズ番組の常連でもありますね!最近「よしよし。」というYouTubeチャンネルも開設。老若男女が楽しめるコンテンツを配信中です。
堀江しのぶ ―1965年生まれ
高校在学中にアイドル歌手デビューをした堀江しのぶ。女優としても活動し明石家さんま主演のドラマ「男女7人秋物語」にも出演していました。デビューから5年後の1988年にスキルス性胃ガンで余命2ヶ月の宣告を受けます。最後まで本人には病名を明かさなかったそうで、彼女は「私、仕事がしたい…」という最期の言葉を残し23歳という若さでその年にこの世を去りました。惜しみ尽くせない早すぎる別れでした。
かとうれいこ ―1969年生まれ
80年代後半にグラビアで芸能界デビューをしたかとうれいこ(当時:星野裕子)。女優としてドラマ「家なき子」「地獄の花嫁」などに出演し、タレントとしてバラエティ番組でも活躍しています。2001年にプロゴルファーの横尾要と結婚し1女の母となりました。娘の横尾紗千はトーキョー夢ぴよ組というグループに所属し、芸能活動をしています。
西村知美 ―1970年生まれ
1985年にアイドル歌手としてデビューをした西村知美。天然の愛されキャラクターで今現在はバラエティ番組などで活躍中です。プライベートでは1997年に元CHA-CHAの西尾拓美と結婚。不妊治療と2度の流産を経験した後に、女の子を授かりました。もう50代に差し掛かる彼女ですが、劣化とは無縁で今も可愛らしい姿に癒される人も多いはず。
中村由真 ―1970年生まれ
1986年の人気ドラマ「スケバン刑事Ⅲ 少女忍法帖伝奇」に出演し、浅香唯・大西結花と3姉妹を演じた中村由真。実は今も引退宣言はしておらず芸能活動は継続中で、2019年には3姉妹でコンサートも行いました。2005年に渡米し、その後現地で出会ったアメリカ人弁護士と結婚。今やLA在住のセレブママタレントとなっており、インスタグラムでハーフの子供の写真なども披露しています。
酒井法子 ―1971年生まれ
80年代アイドルで「ひとつ屋根の下」「星の金貨」など時代を象徴する人気ドラマに出演した酒井法子。当時ではまだ珍しくアジア圏でのマーケティングにも成功した日本の芸能人の一人で、2000年以降の中国では最も有名な日本人女性と言ってもいいほどの人気で「モンスター美魔女」と称されています。日本のメディアでも活躍する日が来ることを願っています!
立花理佐 ―1971年生まれ
80年代から90年代にかけてアイドルとして女優として活動をした立花理佐。女優デビュー作で主役を演じたドラマ「毎度おさわがせしますⅢ」やコミック実写化映画「ビー・バップ・ハイスクール」シリーズでよく知られています。元スタイリストの松永信之と結婚し、母となってからはあまりメディアへの露出はなく、時折SNSやブログで活動が報告されるのみとなっています。
石田ひかり ―1972年生まれ
女優の石田姉妹の妹・石田ひかり。NHK連続テレビ小説「ひらり」の主演を務めた他、数々のドラマや映画で今も活躍中です。プライベートではNHK制作局プロデューサーの訓覇圭と2001年に結婚しており、2女の母となっています。訓覇圭は、あの「あまちゃん」を手掛けた敏腕プロデューサーで、「いだてん〜東京オリムピック噺〜」の制作統括も務めています。
森高千里 ―1969年生まれ
「私がオバさんになっても」「17歳」などのヒット曲で知られる森高千里。1999年に4年間交際していた俳優の江口洋介と結婚し、1男1女を持つママミュージシャンとなりました。テレビ出演は多くありませんが、2019年には21年ぶりに全国ツアーを行い、50代とは思えないミニスカ・美脚姿を披露しています。彼女の主な健康法は水泳なのだそう。
鈴木早智子 ―1969年生まれ
80年代後半にアイドルユニットのWinkとして一世を風靡した鈴木幸子。Wink活動休止後のメディアへの露出は随分減ってはいますが、芸能界を引退はしておらず、セクシー女優などにも挑戦し、少々波乱万丈な芸能人生を歩んでいます。Wink結成30周年記念となった2018年の日本レコード大賞ではWinkを再結成しゲスト出演しており、再び話題となりました。
相田翔子 ―1970年生まれ
「淋しい熱帯魚」でトップアイドルへと上り詰めたWinkのメンバー相田翔子。ユニット活動停止後はソロ歌手として、タレントとして活躍の幅を広げ、今現在は主にバラエティ番組や情報番組で活動する一方で、音楽活動も続けているよう。2020年発表の新曲「星座の道標」はYouTubeでも配信中です。プライベートでは医師の相澤宏光と結婚し、その後女の子を出産しています。公私ともに順風満帆ですね!
中山忍 ―1973年生まれ
中山美穂の妹ということでデビュー当時は話題となった中山忍。姉妹で比較されることに悩んでいたこともあったそうです。アイドルとしてデビューしましたが女優としてキャリアを開花させ、特撮のガメラシリーズなどで活躍した他、2時間ドラマへも多数出演しています。彼女のインスタグラムに姉妹ツーショットも時折投稿されますが、テレビでの共演にも期待したいですね!
田中律子 ―1971年生まれ
1984年にモデルデビューをし、その後女優としても「101回目のプロポーズ」などに出演した田中律子。最近見かけなくなりましたが、実は2012年に離婚した後、シングルマザーとなり沖縄の恩納村に移住をしたのだそう。SUPヨガのインストラクターでもある彼女にぴったり!また沖縄のサンゴの保全活動にも今は取り組んでいるそうです。新しい世界で輝く彼女にエールを送りたいですね。
田村英里子 ―1973年生まれ
1989年にアイドル歌手デビューをした田村英里子。女優としても活躍し「私が愛したウルトラセブン」「秀吉」などのNHK作品へも出演しました。その後2000年に夢だったハリウッドを目指し渡米。7年後にアメリカの人気ドラマ「Heroes」に出演した他、2009年にはハリウッド映画「DRAGONBALL EVOLUTION」へも出演が叶いました。努力で勝ち取ったキャリアをこれからも開花させていって欲しいです。
宮前真樹 ―1973年生まれ
90年代にアイドルグループCocoのメンバーとして活動をした宮前真樹。グループ解散後もタレントとして活動していましたが、2004年に芸能活動を休止し、食を本格的に学ぶためにフランスの名門料理学校「ル・コルドンブルー」に入学。今現在は、その知識と資格を活かしてオーガニック食材をメインとしたカフェレストラン「M.NATURE AOYAMA」を経営中です。45歳の時に写真家の萩庭桂太と結婚しています。
羽田恵理香 ―1973年生まれ
かつてアイドルグループCocoのメンバーとして活躍をしていた羽田恵理香(現在の芸名:はねだえりか)。Coco解散後はバラエティ番組「進め!電波少年」で体を張ったロケなどに挑戦しています。2012年に一度結婚・妊娠を発表しましたが、最終的には未婚のまま出産し、今はシングルマザーとなっています。芸能生活は細く長く続けており、その傍ら不動産関連の仕事をしています。
大野幹代 ―1974年生まれ
1989年にアイドルグループCocoのメンバーで大ブレイクをした大野幹代。グループ解散後も芸能活動を積極的に行っているメンバーの一人で、ソロ歌手やバンドなどでも活動をしていました。2002年に当時所属していた事務所社長と結婚。翌年出産を機に芸能活動を休止しています。それから10年以上全くメディアに姿を表さなくなってしまいました。
三浦理恵子 ―1973年生まれ
アイドルグループCocoの元メンバーで今現在も時折テレビで見かける三浦理恵子。近年はブログでも若々しい姿を見ることができます。ドラマ「まだ結婚できない男」への出演が記憶に新しいですね。プライベートではダイヤモンド☆ユカイと1998年に結婚するも、2001年に離婚。2015年に一般男性と再婚しています。今でもこんな可愛らしい彼女を世の男性が放っておく訳ありません。
瀬能あづさ ―1973年生まれ
アイドルグループCocoのメンバーで歌唱力に定評があった瀬能あづさ。グループ解散後も歌手としての能力を買われ、楽曲をリリースしていました。一時期X JAPANのTOSHIとの交際が報じられましたが、1995年に芸能界を引退。翌年に当時横浜ベイスターズのスター選手だった石井琢朗と結婚し大きな話題となりました。残念ながら2000年に離婚し、その後AZU名義で歌手として活動をしているとのことですが、近年その活動見かけることはできません。
宮沢りえ ―1973年生まれ
11歳の時にチャルメラのCMでデビューをして以降その美しさで一躍人気女優まで上り詰めた宮沢りえ。恋多き女性であることも知られており、一時期現在の貴乃花親方と婚約したことでも世間を騒がせました。その後一般男性と結婚して女児を授かるも2016年に離婚。そして2018年にはV6の森田剛と再婚をして今は幸せいっぱいの様子ですね!今後も映画やドラマでの活躍に期待です。
永作博美 ―1970年生まれ
1994年のドラマ「陽のあたる場所」で女優デビューをした永作博美。実はその以前にribbonというアイドルグループに所属していたことを知る人はあまりいないでしょう。映画「八日目の蝉」「ソロモンの偽証」などの話題作へ出演し、2020年には「朝が来る」の主演を務めています。2009年にNHKプチプチアニメなども手がける映像作家の内藤まろと結婚し2児の母でもあります。
松野有里巳 ―1973年生まれ
1988年にアイドルグループribbonのメンバーとしてデビューをした松野有里巳。グループ活動休止後はタレントとして舞台俳優として活動しました。現在ティップネスでインストラクターもしているミュージシャンの高橋剛と1998年に結婚し、芸能活動を一時休止します。不育症に悩み、3度の流産を経験した後、今の人生を楽しむべく妊活を止めることを決意。2006年に芸能活動を再開し、今は自身もスポーツインストラクターとしても活動中です。
佐藤愛子 ―1973年生まれ
1988年に永作博美・松野有里巳とともにアイドルグループribbonとしてデビューをした佐藤愛子。当時はボーイッシュな魅力とそのルックスで人気がありました。グループ活動休止後はタレントとして活動も行なっていましたが、その後芸能界からは引退をして、一般男性と結婚されているとのこと。残念ながらメディアへの露出は一切ありませんが、いつか3人揃った集合写真が見せてくれることを願いたいです。
小泉今日子 ―1966年生まれ
1981年にオーディション番組「スター誕生!」でグランプリとなってから、歌手として女優として今現在も幅広い世代に愛されているキョンキョンこと小泉今日子。代表作はドラマ「愛しあってるかい!」「あまちゃん」や映画「グーグーだって猫である」でしょうか。近年はコメディドラマ「スーパーサラリーマン左江内氏」での活躍も印象に残ります。2018年以降は自身の事務所「株式会社明後日」に所属しています。
松田聖子 ―1962年生まれ
皆さんご存知の80年代アイドルのトップスター松田聖子。「青い珊瑚礁」「赤いスイートピー」「瞳はダイアモンド」などのヒット曲とともに時代を聖子色に染めました。1990年代以降はディナーショー・コンサートをメインに活動しており、今でも高い人気を誇っています。娘・神田沙也加も舞台女優としてキャリアを築いた今、親子共演などにも期待ですね!
岩崎良美 ―1961年生まれ
歌手の岩崎姉妹の妹・岩崎良美。1980年にデビューをし、5年後にはアニメ「タッチ」の主題歌で大ブレイクを果たします。近年はNHKのアニメ「おさるのジョージ」の主題歌と語り手で活躍中です。プライベートでは2011年に産婦人科医師と結婚し、50歳にして二人の子供を持つ義母となったのですが、残念ながら結婚生活は長く続かず2018年に離婚しています。
柏原芳恵 ―1965年生まれ
1980年にアイドルデビューをし「ハローグッバイ」や「最愛」「春なのに」など多くのヒット曲で活躍した柏原芳恵。今現在も歌手活動は続けており、2020年には「KU・ZU〜ワタシの彼〜」をリリースし、40周年コンサートも予定しています。50代になっても写真集を発売できるその美しさには驚くばかりです。今でもファンが多いことは言うまでもありません。
菊池桃子 ―1968年生まれ
1980年代に「卒業-GRADUATION-」「夏色片想い」「Say Yes!」などの数々のヒット曲を生み出した菊池桃子。近年は情報番組やバラエティ番組で活動する一方で、キャリア教育分野でも活動しており、2016年には文部科学省初等中等教育局視学委員にも就任しています。また2019年にキャリア官僚の新原浩朗と再婚したことが話題になりました。お相手はなんと60歳での初婚となっています。
河合その子 ―1965年生まれ
おニャン子クラブ出身でソロ歌手としても活躍した河合その子。歌唱力のあるメンバーとして注目を浴び、ソロでリリースした「青いスタスィオン」は彼女の代表曲となりました。プロデューサーの秋元康とコンビでヒット曲を輩出した作曲家の後藤次利と1994年に結婚し芸能界は引退。2010年に資生堂のCMに姿を現しましたが、それ以後もまた活動はしていないようです。
三田寛子 ―1966年生まれ
1982年にデビューした「花の82年組」アイドルの一人三田寛子。歌手として「初恋」や「色づく街」などの楽曲を生み出し、バラエティ番組でも活躍しました。1991年に歌舞伎役者の中村橋之助(現・中村芝翫)と結婚して以後は梨園の妻としての生活がメインとなり、あまりメディアには姿を見せません。第一子を流産した後3人の男の子に恵まれ忙しい生活を送っています。
安原麗子 ―1969年生まれ
1984年にデビューした3人組のアイドルグループ少女隊のメンバーだった安原麗子。グループ解散後も芸能界で活動しており、1999年以降は主に声優・吹き替え俳優として活躍しています。代表作は「アリー my Love2」や「おじゃる丸」などです。またライブやコンサート、舞台でも活躍しており、今も少女隊ファンが集まっているそうです。
薬師丸ひろ子 ―1964年生まれ
1981年の映画「セーラー服と機関銃」の大ヒットで一躍トップアイドルとなった薬師丸ひろ子。同映画の主題歌もヒットし歌手としてのキャリアも軌道に乗りました。近年は「あまちゃん」「エール」などNHK御用達女優として活躍中で、2018年には20年ぶりに新アルバム「エトワール」をリリース。コンサートやライブなどでも活動しています。
中山美穂 ―1970年生まれ
中学1年生の時に原宿でスカウトされ迷いもなく芸能界に飛び込んだ中山美穂。その後歌手としてのキャリアを並行して、女優としてドラマや映画で大活躍し「君の瞳に恋してる!」や「すてきな片想い」「おいしい関係」など恋愛ドラマには欠かせない存在となりました。2020年1月公開の映画「ラストレター」にも出演しています。
南野陽子 ―1967年生まれ
1984年の高校2年生の時にドラマでデビューをした南野陽子。翌年にはアイドル歌手としてもデビューし、「楽園のDoor」「はいからさんが通る」「吐息でネット。」などのヒット曲を連発しました。近年は女優としての活動がメインで「半沢直樹」「遺留捜査」「相棒 season17」などのドラマ出演の他、バラエティ番組にも時折出演しています。
河合奈保子 ―1963年生まれ
80年代に活躍したアイドルの一人、河合奈保子。竹内まりや作詞作曲の「けんかをやめて」やオリコン4位となった「スマイル・フォー・ミー」などのヒット曲を生み出しました。1996年にヘアメイク界の大御所・金原宜保と結婚し1女の母となりました。この娘kahoは近年芸能活動を始めましたが、家族でオーストラリア在住ということもあってあまりメディアに現れる機会はありません。
中森明菜 ―1965年生まれ
80年代のアイドル戦国時代に、数々のアイドルを差し置いてトップの人気を誇った中森明菜。芸能活動休止期間が複数回あり、今現在はまたその休止期間のようですが、また芸能活動復帰を期待したいミュージシャンですね!2017年にはディナーショーも行なっていました。ちなみに近藤真彦と恋人関係にもあった過去を持つ彼女ですが、いまだに独身です。